大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)2580号 判決 1979年2月16日
甲事件原告、乙事件被告
大栄印刷紙器株式会社
同
三陽株式会社
同
日本ケース株式会社
同
西塚印刷株式会社
同
株式会社西村昇栄堂
同
江見印刷紙工株式会社
同
株式会社石原泰西堂
甲事件原告、乙事件被告七名訴訟代理人
村林隆一
外四名
甲事件原告七名訴訟代理人
宇多民夫
外二名
甲事件原告、乙事件被告七名輔佐人弁理士
小谷悦司
甲事件被告
洋光堂印刷紙器株式会社
乙事件原告
株式会社アドバンス・パツケージ・センター
甲事件被告、乙事件原告訴訟代理人
及川昭二
右二名輔佐人弁理士
池田定夫
主文
一(甲事件について)
甲事件被告が同事件原告ら(乙事件被告ら)に対し、別紙(四)記載の実用新案権に基づいて別紙(一)、(二)記載の各組立式紙箱製造、販売の差止めを求める権利を有しないことを確認する。
二(乙事件について)
乙事件原告の同事件被告ら(甲事件原告ら)に対する請求を棄却する。
三(訴訟費用)
訴訟費用は、甲事件被告及び乙事件原告の負担とする。
事実《省略》
理由
第一甲事件について
一請求原因1、2項の事実(原告らが本件イ号、ロ号各製品を製造販売していることおよび被告が原告ら主張の甲実用新案の権利者であること)は当事者間に争いがない。
二そこで、まずイ号製品が甲実用新案の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
1 被告の有する甲実用新案の登録請求の範囲が別紙(四)の(七)項記載のとおりであつて、これを分説すると請求原因3項(一)(1)(イ)ないし(ヘ)の六個の構成要件からなると解されること、他方原告ら製造販売にかかるイ号製品が別紙(一)記載のとおりであつて、その構成を分説すると請求原因3項(五)(1)(イ)ないし(ホ)の五個の構成部分に分けられること、以上の事実は当事者間に争いがなく、右分説はいずれも妥当なものと解される。
2 そして、イ号製品の構成のうち(イ)(内外二重壁の組立式紙箱の基本構造)と(ハ)(左右の内側壁f'、f'に連設した突出片m'、m'……によつて隅角部を補強する構造)の構成部分がそれぞれ甲実用新案の(イ)と(ハ)の各構成要件を充足することは原告らの自認するところである。
3 そこで次にイ号製品の(ロ)の構成部分について考察する。
前記争いない事実によるとイ号製品の(ロ)の構成は傾斜折目9'を有する連結片h'(以下、一隅についてのみ検討する)により左右の外側壁e'と前後の外側壁b'とを連結する構造にかかるものであるところ、右傾斜折目9'は連結片h'の内側隅部と外側隅部を結ぶ対角線上に設けられていること、したがつて傾斜折目9'によつて区別される非接着片部h'1と接着片h'2とはいまこれを同一平面でみると傾斜折目9'を軸線としてほぼ対照形をなしていることが明らかである。
これに対し、甲実用新案における右連結構造にかかる構成要件(ロ)は同じく「連結片hの内側隅部より中央に向つて傾斜折目9を設け」るにさいし「傾斜折目9の先端から上記連結片hの横外側辺に向つて切込み10を施し、上記傾斜折目9と切込み10とにより連結片hをそれぞれ小片部h1と大片部h2とに区分する」技術を採用したものである。
そうすると、イ号製品の(ロ)の構成は、連結片に傾斜折目に連らなる切込みがないこと、したがつてこれによつて区分される非接着部h'1と接着片部h'2が小片部と大片部とに区分されたものとはいえないこと、以上の点において甲実用新案の構成要件(ロ)を充足していないものと解される。
しかして、本件においては、イ号製品の(ロ)の構成が右のようなものであるにもかかわらずなおこれが甲実用新案の構成要件(ロ)を充足すると解すべき合理的な理由を見出すことはできず、被告らもその点について特段の主張をしていない。
かえつて、<証拠>に当事者間に争いない事実を総合すると後記のような事実が認められ、いまこれらの事実関係を参酌すると、甲実用新案は、構成要件(ロ)についてはこれを前示のとおり字義どおりに解した構成とすることに新規性を見出し、その技術を甲考案の構成に欠くことのできない事項としているものと理解すべきである。すなわち、
(一) 組立式紙箱において、傾斜折目を有する連結片により左右の外側壁と前後の外側壁とを連結する構造自体は甲考案の出願当時すでに公知であつた(請求原因3項(三)(2)参照)。
(二) 被告は甲考案出願手続中において特許庁に対し拒絶査定に対する審判請求(昭和四九年審判第三〇七三号―昭和四三年実用新案登録願第三四三四三号拒絶査定に対する審判事件―)をしたが、そのさい提出した審判請求理由補充書において甲考案における前記(ロ)の構成要件が新規であることおよび右構成による効用が顕著であることを強調して次のとおり述べている。すなわち、本願においては連結片(h)、(h)……を傾斜折目(9)と切込み(10)とにより「夫々小片部(h1)と大片部(h2)とに区分して設けたので、大片部(h2)は左右方向に長く且つ隅部より離れた部分に延在し、大片部(h1)と前後外側壁(b)との糊付作業がし易く、重合接着作業も確実に出来る。また紙の弾力のため大片部(h2)は前後外側壁(b)から離れる力が残存しているが大片部(h2)は左右に長くとることが出来るので、このような引き離し力に対して大きい引き離し強度を有す。これに対し、引例A(甲第四号証)のものに於ては隅部に近いので糊付、接着作業がやりにくく不完全となり易く、接着部に加わる引きはがし力で長さが短いため小さくはがれ易い欠点を有す」(請求原因3項(四)(3)(イ)及び甲第一四号証の四頁一六行目から五頁一〇行目まで参照)
4 そうすると、原告らのイ号製品は、爾余の点について判断するまでもなく、甲考案における(ロ)の構成要件を欠くため、全体としても甲考案の技術的範囲に属しないものであることが明らかである。
三次に、ロ号製品が甲実用新案の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
1 被告の有する甲実用新案の登録請求の範囲とその構成要件の分説結果が前記二1前段のとおりであること、他方原告ら製造販売にかかるロ号製品が別紙(二)記載のとおりであつて、その構成を分説すると請求原因3項(六)(1)(イ)ないし(ホ)の五個の構成部分に分けられること、以上の事実は当事者間に争いがなく、右分説はいずれも妥当なものと解される。
2 そして、ロ号製品の構成についても、その(イ)と(ハ)の構成がそれぞれ甲実用新案の(イ)と(ハ)の各構成要件を充足するものであることは原告らの自認するところである。
3 そこで次に(ロ)号製品の(ロ)の構成部分について考察する。
前記争いない事実によると、(ロ)号製品の(ロ)の構成も前示イ号製品の(ロ)の構成と同一であること(なお、連結片h'の外側隅部の形状については、イ号製品は角を丸く切りとつた形状であるのに対し、ロ号製品では角形に隅切りをした形状である点において両者に差異が認められるが、右差異は甲考案の(ロ)の構成要件との関係では特段技術上の意味を認め難い。)が明らかである。
そうすると、ロ号製品の(ロ)の構成は前示イ号製品の(ロ)の構成における前示説示(二3参照)と同一の理由によつて甲考案の(ロ)の構成要件を充足しないものと解すべきである。
4 そうすると、原告らのロ号製品も爾余の点について判断するまでもなく、甲考案における(ロ)の構成要件を欠くため、全体としても甲考案の技術的範囲に属しないものであることが明らかである。
四被告が、原告ら製造販売にかかるイ号、ロ号製品は甲考案の技術的範囲に属し、それゆえ原告らは被告の甲実用新案権を侵害していると主張して原告らと争つていることは当事者間に争いがない。
五してみると、被告が原告らに対し甲実用新案権に基づいてイ号、ロ号製品の製造販売の差止めを求める権利を有しないことの確認を求める甲事件原告らの請求は理由がある。
第二乙事件について
一請求原因1、2項の事実(原告がその主張にかかる乙実用新案の権利者であることおよび被告らがイ号、ロ号、ハ号各製品―以下、乙事件ではこれらをイ号製品等と総称する―を製造販売していること)は当事者間に争いがない。
二原告は、右イ号製品等は乙実用新案の技術的範囲に属すると主張するのでその当否について検討する。
1 原告の有する乙実用新案の登録請求の範囲が別紙(五)の(七)項記載のとおりであつて、これを分説すると請求原因3項(一)(1)(イ)ないし(ニ)の四個の構成要件からなると解されること、他方被告ら製造販売にかかるイ号製品等がそれぞれ別紙(一)(二)(三)のとおりであつて(ただし、イ号、(ロ)号の各部の名称、記号、番号については別紙(一)の乙、(二)の乙に従う)、その構成を分説すると請求原因3項(五)(イ)'ないし(ハ)'の三個の構成部分に分けられること、以上の事実は当事者間に争いがなく、右分説はいずれも妥当なものと解される。
2 ところで、原告は、本件において、イ号製品等の(イ)'、(ロ)'(ハ)'の各構成はそれぞれ乙実用新案の(イ)、(ロ)、(ニ)の各構成要件を充足する旨主張しているが((イ)は内外二重壁の組立紙箱の基本構造に関し、(ロ)は両側方の外側壁板と長手方向両側の外端壁板にそれぞれ連続するように結合折片を設け、これに対角線状折目を入れて隅角部を補強する構造に関し、(ニ)は両側方の貼着片を底板上に貼着して内外側壁板を直立させるとともに、長手方向両側の内外壁板を起立させ、折目止片を上記貼着片の両端に掛止めしてなす紙箱の組立構造に関する。)他方で、イ号製品等が乙実用新案の(ハ)の構成要件(連結片を内端壁板に連続するように設けて、その内角部に四分の一円形切欠孔を穿設して、隅角部を補強する構造)を欠いていることはこれを自認しているのであり、右(ハ)の要件欠除については被告らにももとより異論はない。
3 そこで、イ号製品等が前記のとおり(ハ)の要件を欠除しながらなお乙実用新案の技術的範囲に属するという原告の主張の当否について検討する(なお、そのほか、被告らは、イ号製品等は(ニ)の要件も欠除している旨主張して争つているが、その点の当否は暫らくおく)。
(一) (不完全利用の主張について)
まず、乙実用新案における前記(ハ)の構成要件の技術的意味について検討するに、成立に争いない乙第二号証(乙実用新案公報)に当事者間に争いない事実を総合すると次のようなことが認められる。
(イ) 乙実用新案出願当時紙箱については少くとも以下の三点が公知の技術であつた。すなわち、
(1) 両側方に外、内側壁板5、6と貼着片7を連設した底板1の長手方向両端に外、内端壁板11、12と折曲止片13を連設する「内外二重壁の折立て組箱の基本構造」に関する技術(乙実用新案における(イ)の構成要件参照)。
(2) 外側壁板5の両端に結合折片16を外端壁板11の側部と連続するように設けて、その内外角間に対角線状折目17を入れて「隅角部を補強する構造」に関する技術(乙実用新案における(ロ)の構成要件参照)。
(3) どの部分を糊付け貼着するかは別として、貼着片7を底板1上に重合して外、内側壁5、6を直立するとともに、外端壁板11を起立し内端壁12を折込み、折曲止片13を貼着片7の両端に掛止めしてなす「紙箱組立構造」に関する技術(乙実用新案における(二)の構成要件の一部参照)。
(ロ) 乙実用新案公報の「考案の詳細な説明」欄をみると(ハ)の構成要件に関して次のような記載がある。すなわち、
(1) (ロ)の構成要件について述べたあと「更に……連結片18を、……設ける。19は後述のように上記の内端壁板12が箱組立て時に折目線9に於て一八〇度折れ曲る際にその内側に3枚以上の厚紙を挾み込むことになり厚みが過度に膨出して不体裁になるのを阻止する為に内角部に設けた四分の一円形切欠孔である。」(二欄一三行目から二〇行目まで)
(2) 「このようにして……角隅角部が補強片20、結合折片16、連結片18を挾み込んで非常に丈夫で積み上げ耐圧力の強大な外観の端正な組上げ紙箱が……完成する」(三欄一四行目から一七行目まで)そして、以上のような点を彼此勘案すると、乙実用新案おける前記(ハ)の構成要件は、乙考案の構成に欠くことのできない事項の中でも、とりわけ新規な技術として強調されている重要な要件部分であり、かつ前記(ロ)の(1)(2)のように相応の作用効果をも伴うものであると解すべきである。
そうするといまかりに原告が主張するような「不完全利用」の概念を認めたうえ、その主張のような要件(請求原因3項(六)(2)①(イ)ないし(ニ)参照)を具備した場合には一部の構成要件を欠く場合でもなお当該発明または考案の技術的範囲に属すると解すべきものであるとしても、本件イ号製品等については右の法理を適用する余地は全くないといわなければならない。けだし、本件乙実用新案における(ハ)の構成要件は前示のとおり乙考案を乙考案たらしめる新規重要な要件であり、かつ相応の作用効果を伴うものであるから、これを欠除するイ号製品等は原告主張の前記(ロ)の要件(欠除要件が作用効果からみて比較的重要性の少い要件であること)を欠いているといわなければならないからである。
してみると、イ号製品等は原則に従い(ハ)の構成要件を欠くがゆえに乙実用新案の技術的範囲に属しないというべきである。
原告の不完全利用の主張は失当である。
(二) (均等の主張について)
原告は、イ号製品等における「結合折片16のうち内端壁板11側の三角部片に糊付けをする」構成は乙実用新案における「連結片18を設ける」構成要件(すなわち(ハ)の構成要件部分)を置換えたにすぎず、前者は後者と均等の構成をとつたものにほかならない旨主張するが、右の主張はにわかに首肯し難い。
すなわち、前記(一)で説示したとおり乙実用新案における連結片18は結合折片16のほかに、これに加えてさらに隅部を補強するために設けられたもので、連結片のもたらす作用効果は前示のように単なる結合折片の一部糊付けでは見られない独自なものが認められるのであつて((一)の(ロ)参照)、むしろ、この構成をとることによつて、イ号製品等が採用している隅角部の糊付作業を省略することができたという著効を認めるべきものであるから、双方その作用効果を異にすること明白である。
そして、異効のものに均等を云々する余地のないことは多言を要しないところであるから原告の均等の主張も爾余の判断をなすまでもなく失当である。
以上の判断に反する原告の主張は独自の見解であつて採用することができない。
(三) (利用の主張について)
前示のとおり、イ号製品等は乙実用新案における重要な構成要件である(ハ)の構成要件を欠くものであるから、利用発明または利用考案の法理に関し原告主張のいわゆる「そつくり説」または「要部説」のいずれを採るとしてもその成立を肯認することができないことは明らかである。
原告の利用の主張もまた失当である。
4 はたしてそうだとすると、イ号製品等は何ら乙実用新案の技術的範囲に属するものではない。
三してみると、被告らに対し乙実用新案権に基づいてイ号、ロ号、ハ号各製品の製造販売禁止等差止請求を求める乙事件原告の請求は理由がない。
第三結論
以上の次第であるから、甲事件原告らの請求を正当として認容し、乙事件原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(畑郁夫 中田忠男 小圷眞史)